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2008年、アジア王者崩壊の真実(上)

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2009年、サッカー関連の書籍として、ガンバ大阪・遠藤保仁の「自然体~自分のサッカーを貫けば、道は開ける(小学館101新書)」、そして大分トリニータ・シャムスカ監督の「シャムスカ・マジック(講談社)」が発売された。ガンバ大阪は2008年にアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)を制し、大分トリニータは同じ年、初タイトルとなるナビスコカップを手に入れたためか、どちらも好評を得ている。

しかし、こういった状況で書籍が発売されることは、「よくあること」と言えるのかもしれない。プロモーション活動もしやすいし、自然と注目も集まる。ただ、スポーツジャーナリズムの大きな役割には、「敗戦の原因を検証する」ということもあるのではないか? 負けたとき、チーム状況はどんなものであったのか? どこに原因があったのか? それを検証し、次につなげる。

この作業は結果的に「後追い」となるし、読者の注目を集めるのも難しい。事実、サッカー誌の多くはプレビュー業に忙しく、しっかりとした反省はしにくい。

そんな中、2008年の惨敗した浦和レッズを描いたノンフィクション「浦和レッズ敗戦記」が発売された。この本にはスポーツジャーナリズムの真髄である「検証作業」があると感じられたのだが、著者である小齋秀樹さんにはどういう思いがあったのだろうか?

【もちろん、当初は優勝してハッピーエンドにするつもりでした】
‐‐今回発売された「浦和レッズ敗戦記」ですが、浦和レッズといえば2007年にはACLで優勝し、クラブワールドカップにも出場しました。そのタイミングで「浦和レッズ戦勝記」を出すのが、「普通」と言われます。そのほうが本を出しやすいと思うのですが、なぜ「敗戦記」だったのでしょうか?

小齋○実は2007年の11月くらいに、今おっしゃられたことは考えたんです。しかし、その時点で一行も書いていなかったので、当然発売予定もなく、「ちょっともったいないことしたな」って思いました。あのときは、リーグ優勝もほぼ確実と思われていた時期だったのでなおさらです。しかしご存知の通り、最終節で逆転され、2007年に優勝を逃し、次の年2008年には、2試合で監督が代わった。このとき「何かが動いている」という感じがしたんです。そのとき最初に「書きたい!」と思いましたね。ただこの本を書き始めたときは、まだ浦和レッズの2008年がどうなるのか分からなかった。もちろん、当初は優勝してハッピーエンドにするつもりでしたよ(笑)。

【永井は「感情移入がしやすいタイプ」だった】
‐‐しかし仮に優勝をしたとしても、小齋さんの視点で書くと単純なハッピーエンドにもならなかった気がします。それを一番感じたのは「永井雄一郎」の存在です。この本では永井選手に焦点が当てられていますが、もし別の人が「浦和レッズ敗戦記」を書いたのなら、ここまで永井選手が出てくるとは思えません。おそらく闘莉王選手や阿部勇樹選手、高原直泰選手、田中達也選手などの代表組にもっと焦点が当たるでしょう。もちろん、彼らはこの本の中でも重要な登場人物ですが、一番印象深く、また面白く感じたのは永井選手が登場する場面です。そこには何か理由があるのでしょうか?

小齋○たしかに、永井さんが大きく登場するのは、僕が書いたからだと思います。取材をしているのなら、誰でも「感情移入しやすいタイプ」と「そうでないタイプ」というがありますからね。僕にとって永井さんは「感情移入がしやすいタイプ」だったという理由が一つあります。けど、決定的だったのが2008年9月3日以降の出来事です。永井さんが練習中、「なんで」とエンゲルスさんに怒声を飛ばし、二人の衝突が表面化した。その後、10月25日には永井さんの発言が問題となり、スポーツ紙に「永井クラブ批判」「監督批判」という言葉が踊りました。

この前日10月24日に、永井さんは記者に対して1時間以上はしゃべっていたと思います。それでも、その中のある言葉だけを切り取って、スポーツ紙はセンセーショナルに報道した。もちろん紙面の都合もあるし、メディアとしての特性上、普通だったらそれでかまわない。けどそのときに、「青臭い正義感」じゃないですけど、強烈な「違う!」とか「それだけじゃない!」とか「永井雄一郎だけが悪いわけじゃない!」みたいな感情が僕には出てきたんですよ。

そのとき永井さんはクラブ批判に近いことを言いましたが、流れがあった上での言葉なんです。その前の、10月24日までの浦和レッズの戦いをちゃんと分かって欲しかった。だから、これを読んでもらって、それでも「永井は結局クラブ批判しているだけじゃん」って読者に思われるなら、それはそれで良いんです。納得できる。それはもうその人のスタンスですし、価値観が出ますから。たとえば、「それでも監督批判はしないのがプロ」でしょって言う人もいます。たとえばコーチとしての福田正博さんはそういう人でした。

【福田さんと永井さんが違うのは...】
‐‐「浦和レッズ敗戦記」には、福田コーチも登場しますね。福田コーチと永井選手と田中達也選手の関係性はとても面白かったです。浦和レッズの初代9番であり、「FWの長男」といえる福田コーチと、次男の永井選手、三男の田中達也選手。田中達也選手は三男だからこそ、福田コーチに積極的にアドバイスをもらえたけど、次男の永井選手はどうしても距離を置いてしまった。できる限り真面目に、「類推」めいたことを避けている小齋さんが、ここだけは、「類推」と言いますか、「意見」を入れている。福田コーチが登場するのも小齋さんならではだと思いました。

小齋○実は福田さんも永井さんと同じように、「僕が感情移入しやすいタイプ」です。どこか影があると言いますか単純ではない。けど、福田さんが永井さんと違うのは、もっと厳しいプロフェッショナルというスタンスがあるところです。

日本には「プロフェッショナル」という言葉に特別な意味があるような気がします。武士道的と言いますか、聖人君子的と言いますか…

そういう人からしたら、永井さんはプロ失格かもしれません。けど僕の考えでは、お金をもらってサッカーをしているから、「プロフェッショナルフットボーラー」ってだけなんですよ。そこまで自分を律しきれる人は少ないと思いますよ。僕自身も、律しきれない人間なので(笑)。

【本当にゲルトさんが悪いの? ゲルトさんが間違っているの?】
‐‐永井選手が律しきれなかった大きな理由に、ゲルト・エンゲルス監督があったと思います。2008年、それほど良い印象がないエンゲルス監督ですが、「浦和レッズ敗戦記」ではそこまで「悪者」に描かれているようには思えませんでした。もっとエンゲルス監督のことを「敗戦の原因」として、ストレートに書いてしまっても良かったのではないでしょうか?

小齋○ゲルトさんは良い人ですし、僕だって人間ですから、あまり悪いように他人のことを書きたくはない(苦笑)。端的に言えば、嫌われたくないから、ストレートに「悪者にかけない」という理由もあります(笑)。けどそれ以上に僕は、最期まで確信が持てなかったんです。「本当にゲルトさんが悪いの? ゲルトさんが間違っているの? ゲルトさんは本当に指揮官として優秀じゃないの?」 こう考えると、違うように思えてしまう。もちろん、采配に関して「えっ! どうして?」と思うこともありましたが、それはどの監督にもありますし、闘莉王さんの使い方にしても、かなり大胆な方法で使い、勝利に結び付けていた。

それに「選手と監督の橋渡し」をコーチ陣が上手にしていたら、また違っていたのではないでしょうか。コーチ時代のゲルトさんはそこを上手にこなしていました。監督をしていて、ゲルトさん自身も苦しんでいたのではないでしょうか?

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小齋秀樹
1970年仙台生まれ。早稲田大学法学部卒業。編集プロダクション勤務を経て、フリーランスに。98年『Numberスポーツノンフィクション新人賞』に応募した原稿が編集部の目に止まり、以後、同誌を中心に執筆活動を行なう。01年『Goalへ----浦和レッズと小野伸二』(文藝春秋)を上梓。05年から浦和レッズ・オフィシャル・マッチデー・プログラムで「FORESIGHT」を連載中。

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「浦和レッズ敗戦記」


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