大山高雄は、なぜ選ばれないのか?
2009年6月14日
西部謙司さんの新刊「FOOTBALL FICTIONS 偉大なるマントーバ」が、東邦出版から発売された。
本作は、「FOOTBALL FICTIONS」とタイトルにもある通り、フットボールを題材にした短編小説集で、小説としても充分に楽しめるが、サッカーに詳しい人はより細かなディティールが分かるようになっていて、2重の楽しみ方ができる構造になっている。ここでは、その「偉大なるマントーバ」の中から「リベロ」の冒頭部分を紹介しよう。

FOOTBALL FICTIONS 偉大なるマントーバ(西部謙司)
リベロ
山岡昌治は悩んでいた。日本代表監督の山岡は、あと2週間でワールドカップへ連れて行く23名の選手を選ばなければならない。このメンバー選考は代表監督にとって最も苦しい決断だといわれている。
「4年間、苦楽をともにしてきたのにワールドカップの舞台を踏ませてやれない選手がいる、負傷したために回復を待てず招集を断念せざるをえない選手がいる、この選手とあの選手のいったいどこが違うのか、差なんかない場合だってある。でも1人は選ばれ、もう1人は選ばれない。それを決めなければいけない。監督にとってこれほど辛い仕事はない」
前監督のジーダはそういった。だが、山岡は思うのだ。
(俺の苦しみに比べれば、『へ』みたいなもんじゃないか)
実際、ジーダはほとんど悩む必要などなかった。スタメンの11人はいつも固定されており、交代メンバーもだいたい同じ。ブラジルの英雄で、Jリーグの神様だったジーダは、自らの選手時代の体験から、
「優秀な選手を集め、長い時間を共有することが肝心だ」
というチーム作りの大方針を持っていた。誰が優秀な選手かは、主にヨーロッパのクラブで活躍しているか否かで判断され、従ってスタメンの半分は自動的に決まっていた。残りの半分もよほどのヘマをしない限りポジションは安泰。ジーダの『序列主義』は一部のメディアやファンから酷評されていたものの、頑としてやり方を変えなかった。そのため、ジーダが本気で悩んでいたのは23人中2人程度にすぎない。
山岡は、前任者とは正反対の強化方針を採っている。軸になる選手はある程度決まっているものの、スタメンもシステムも『日替わり定食』。Jリーグで少しでも活躍した若手はどんどん招集され、4年間で代表キャップを得た選手は80名に達していた。
「100人選んでも何も変わらない。チームはまったく進歩していない。サッカーは100人でやるわけじゃなく、11人でスタートする。定見のない山岡監督は4年間を無駄にした」
選手を固定しすぎるとジーダを批判したジャーナリストたちが、今度は「変えすぎだ」と山岡を批判した。ジーダのときにはワールドカップメンバー23人中、20人までは誰でも容易に予想することができたものだが、山岡の場合はいったい誰が選ばれるのか見当がつかない状況だ。ただ、山岡本人はさほど迷っていたわけではない。18人までは確定していた。ジーダに比べれば、確かに悩みは大きいかもしれない。だが、山岡がほとんど途方に暮れているのは、予想だにしていなかった事態にいま、直面しているからだ。
「大山高雄は、なぜ選ばれないのか?」
(「偉大なるマントーバ」から「リベロ」冒頭部分)


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