カーリングの解説は興奮気味なのになぜ不快に感じないのか?
2010年2月22日
五輪で中継で注目を集めるカーリング、解説の小林宏氏は、中立の立ち位置でありながら、日本代表の好プレーには興奮の色を隠さず、それでいて視聴者に不快感を与えない。
カーリングの解説は興奮気味なのになぜ不快に感じないのか? ハイテンションの応援解説で不評のサッカー解説者とはどこが違うのか。ツイッター上で議論となっている。
【小林氏の解説の魅力】
footballmachine氏は小林氏の解説の魅力を以下のように指摘する。
・声質という部分で、耳障りではない
・実況の質問に対し、的確な回答をしている
・日本にとってチャンスかピンチなのかだけを語り、
応援を煽るだけという、お粗末な“解説”ではない
・もちろん、実況の質問が的確である点も忘れてはならない
・良い解説者であることに、実績や知名度は関係ない
「こうした解説が世間的に受けているのだとしたら、世に言うサッカー解説者が、いかに視聴者から求められていない存在なのか、ということが分かる。野球でも同じことが言えるが、実績・知名度という点で、サッカーの方は相当な人材不足なのだろう」
こうしたfootballmachine氏のコメントに対して、n2unit氏はこう返信している。
「逆に言うと民放地上波の一部の(多くの?)サッカー実況アナ・解説への不快感は、単純に興奮してるからではないということか。視聴者の興奮に過不足なくフィットして興奮してることがポイントで、過剰演出の興奮に不快を感じてるってことですかね」
【こうした解説がサッカーではできないのか?】
2人のやり取りに対して、norijr氏からはこんな反論が。
「カーリングの小林さんの解説は分かりやすいし愛にあふれていて本当に素晴らしいけど、戦略の可視性が異常に高い競技で、しかもプレーが止まってる時間が豊富で喋りやすいっていうことを抜きにして、いたずらに他競技の解説をおとしめるのはおかしいと思うよ」
では、このような解説が他の競技では無理かというと、そんなことはない。例えば、1997年に熊本で開催されたハンドボール世界選手権では、開催国日本と強豪フランスが大接戦を繰り広げたが、この試合の解説者は、日本代表の大健闘に興奮しながらも、どこで誰がマークを外し、どう動いてシュートコースを作ったかなど、初心者にも分かりやすい丁寧な解説を行っていた。いや、そもそも初期のJリーグ中継では、金田喜稔氏などが、やはりそうした解説を行っていたはずだ。
【カーリングの精神】
カーリングの解説者である小林宏氏は自身の仕事についてこう語っている。
「私の仕事はチーム、選手の活躍しているものをテレビをとうして観戦している皆様にその感動、臨場感を伝える裏方の役目だと思います。それにカーリング競技が持っている相手チームの技術、戦略に対してリスペクトできるような精神も伝えていきたいと思います」
小林氏のスタイルは、カーリングの基本理念である「カーリング精神」に則ったものであるという指摘もある。カーリングの競技規則では「カーリング精神」として次のように記されている。
「カーリングは技術と伝統のゲームです。技を尽くして決められるショットは見る喜びです。また、ゲームの神髄に通ずるカーリングの古くからの伝統を見守るのはすばらしいことです。カーラーは勝つためにプレーしますが、決して相手を見くだしたりしません。真のカーラーは、不当に勝つのであればむしろ負ける方を選びます。立派なカーラーは、相手の気を散らしたり、相手がベストを尽くそうとするのを決して妨げたりしません。カーラーは、ゲームの規則やその伝統を決して故意に破りません。しかし、彼が不注意にも規則や伝統を汚し、それに気づいた時は、彼は違反を真っ先に申し出ます。
カーリングゲームの主な目的が、競技者の技術の粋を競うことである一方、ゲームの精神は立派なスポーツマンシップ、思いやりの気持ちと尊敬すべき行為を求めています。この精神は、アイスに乗っているいないに関わらず、競技規則の解釈や適用に生かされるべきであるだけでなく、全ての参加者の振舞いにも生かされるべきものです」
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