アレックス・ファーガソン、14歳の少年の家に通う
2010年2月25日
「14歳で、マンチェスター・ユナイテッドの監督から毎日、家に訪ねて来られてごらんよ。胸が騒いじゃうよね」
当時、すでにシティの名簿に載っていたライアン・ギグスをユナイテッドが獲得できたのは、毎晩のように彼の家に通い説得に当たったアレックス・ファーガソンの存在が決め手だった。
スウィントンのウェールズ・ラグビーリーグのプレーヤー、ダニー・ウィルソンの息子、ライアンは、ファーガソン就任時、すでにシティーの名簿に載っていた。しかしながら、ファーガソンのスカウトたちに対する「あらゆる手段を尽くすべし」との激励が功を奏したのか、ウィルソンはクリフに招かれ、トライアルを受けることになる。
そのパフォーマンスに、コーチたちは思わず足を止めて見入ってしまった。とにかくすばらしかった。コーチたちの時計すら止めてしまいかねないほどに。「一目見た瞬間、息を呑んだ」ハリソンは回想する。「まったく、目にしているものが信じられなかった。とにかく速い、優雅で切れも抜群。一言、ものが違うというやつだった」
監督も、彼を一目見て、是が非でも自分の配下に入れなければと決意した。当時、少年の両親は不幸な離婚に追い込まれたばかりだった。母親のもとに身を寄せた少年は、まもなくその旧姓を名乗ることになる。ファーガソンは骨身を惜しまずリン・ギグスの説得に当たった。息子さんの関心はほぼオールド・トラッフォードに傾いているんですよ。我々の下でこそ、彼の才能は開花します、必ずや成功のチャンスを掴めるんです!
「ライアン・ギグスをマンチェスター・シティーから奪うことができたのは、偉大なる幸運の成せる業だった」ファーガソンはデイリー・テレグラフにそう述べている。「もしもわたしがユナイテッドにやってくることがなかったら、彼はきっとシティーのプレーヤーになっていた。それは疑うべくもない。ライアンとスクールボーイの年級のままで契約するのはかなり大変だったが、必死でそれに当たった。契約してくれるまで彼のもとに日参したほどに」。
ギグスにしてみれば、トライアル後の翌日から毎夜のように、スウィントンにある母親の小綺麗な住まいにやってくるファーガソンそのものが、決め手となった。
「14歳で、マンチェスター・ユナイテッドの監督から毎日、家に訪ねて来られてごらんよ。胸が騒いじゃうよね」ギグスはかつてそう打ち明けてくれたことがある。「もう有頂天。嫌なんて言えるわけがない。即、イエスと言っちゃった。でも、ママはちゃんとけじめをつけなきゃって。良くしてくれてきたシティーに、まず、確かめてからでないとだめだってね。で、ママはケン・バーンズ(シティーのチーフスカウト)に会いに行って訊ねた。ぼくとアプレンティス契約する気があるかどうか、とね。ケンはそれはないと言った。無理だって。そこで、次にファーギーがやってきたときに、ママはイエスと言ったんだ」
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