コラム

大崎で初めてのJ開幕を迎える「Footnik」(前)

岡田康宏(サポティスタ)

 日本のフットボールパブと言えば、多くのサッカーファンがまず真っ先に頭に思い浮かべるのが「Footnik」の名前だろう。高田馬場から恵比寿へ。そして昨年秋に大崎へ。サッカーパブのパイオニア的存在である「Footnik」は、今日までどのように歩み、これから先、どこへ行くのか。
 前半は、これまでの歴史をオーナーである今井さん(46)に話を聞いた。

【96年、高田馬場店がオープン!!】
 フットニック高田馬場店がオープンしたのは、1996年の6月8日。ユーロ96、イングランド大会の開幕の日にオープンしたんですよ。最初はほとんど宣伝をしていなかったから、そんなにお客さんも入ってなかった。

 ある日、1人のイギリス人がポツンと来て帰っていったんです。そうしたら、準々決勝のイングランド対スペインの日には、いきなりイギリス人が100人くらい大挙してやってきた。最初の1人から口コミでそれだけ広まったみたいなんだけど、突然のことで何の準備もしていなかったから驚いちゃって。次のドイツ戦では、ビールが足りなくなって、近所の居酒屋さんに「ビール貸してください」って泣きつきましたからね(笑)。

 96年にはアトランタオリンピックもあって。そのときは日本代表サポーターのウルトラスが、太鼓持込みでやって来て、朝まで大騒ぎしたんです。最初、電話で「太鼓持ち込んでもいいですか」って問い合わせがあって、僕がOKを出したんですよね。あのときはブラジルに勝ったので、彼らも太鼓を叩きながら早稲田通りを帰っていって。さすがに苦情が来ましたけどね(笑)。TVの取材が初めて来たのもそのときです。

 だけど、ユーロとアトランタ五輪が終わって大きな試合がなくなると、お客さんが全然来なくなった。それが2ヶ月くらい続いて、お店がつぶれそうになっちゃったんですよ。これはやばいと必死に打開策を考えて。

 当時は、プレミアリーグは、BSで何週間か遅れて放送されているだけで、ほとんど中継がなかったんです。だから、プレミアを流せれば、ユーロのときに来てくれたイギリス人のお客さんたちも来てくれるんじゃないかと。プレミアには「マッチオブザデイ」というハイライト番組があって、これをビデオで録って日本に持ってきて見せたら行けるんじゃないかって考えたんですね。

 あるとき、高田馬場のカフェで飲んでその話をしていたら、隣にいたイギリス人が「俺がそれやってやるよ」という話になって。イギリスにいる彼の父親がビデオに録って、それをすぐ航空便で日本に送ってくれて。向こうで土曜日に放映されたものが、こちらに着くのが水曜か木曜で、それを毎週金曜日に流したんですよ。2、3週間したら、またイギリス人の口コミで人が集まって来て、それで店の危機を乗り切ったんです。ビデオは、よく税関で引っかかって成田まで直接引き取りに行きましたよ。今じゃ考えられないですけれど。

 97年にW杯の予選があったじゃないですか。あれで火が点きましたね。当時は、他にこういうお店なかったですから。

 最終予選の頃は、もう収拾が付かないので、スタッフの提案でクラブみたいに1ドリンク付きのチケット制にして、チケットを試合の1週間前とかに売り出すことにしたんです。そしたら、発売の何時間も前からお店の前に並んでるんですよ。一番早い人は、前の日から並んでました。お店の前には100メートルから150メートルくらいの行列ができて。

 ジョホールバルのときは、お店の前にパトカーと消防車が2台ずつ停まって、お巡りさんも警備員もいて厳戒態勢でした。お店の中は本当に満員電車のような状態でしたね。そういう時代でした。

【01年、恵比寿店オープン!!】
 恵比寿店がオープンしたのは2001年9月です。W杯初出場の盛り上がりはすごかったんですけど、だんだんサッカーが好きな人じゃないと入れないようなお店になっちゃって、一般の人が近寄らなくなっちゃったんですよ。これはまずいな、このままじゃお店が続かないなという状態になって。高田馬場店は地下で目立たないし、1階で目立つところに移転しようと。それで場所を探して、恵比寿に引っ越したんですよ。そのころから恵比寿は人気になっていて、物件がなかなか見つからなかったんです。渋谷なら空いている場所があって、どうしようか迷っているときに、今の恵比寿店の場所がポーンと空いて。家賃は想定していた予算を倍近くオーバーしていたんだけど、駅から近いし場所もいいし、もうここでやるしかないなと。98年の経験があるから、2002年はもう絶対に盛り上がると思って、かなり思い切って勝負したんですよね。

 そうしたら、高田馬場からのお客さんも移って来てくれたし、飛び込みのお客さんも増えた。店の外にお客さんが溢れるくらい集まって盛り上がっていると、道を行く人たちが「なんだ、この店?」と足を止めてくれる。お店の盛り上がり自体が宣伝効果になるんですよね。高田馬場は地下だったので、いくら200人以上入ったとしても、外の人には伝わらなかったので。

 2002年の終わりくらいから、Jリーグでもお客さんが来るようになって。高田馬場の頃はJリーグの中継をしていても、お客さんがゼロのときもありました。でもサッカーパブなんだから自国のリーグ戦だけは何があっても続けようと。だから、お客さんが来なくてもJリーグは流していたんだけど、それが2002年のW杯のあとに、Jリーグでもお客さんが入るようになって。

 2003年ごろになると代表とJリーグの人気が逆転してきて、ここ2年くらいはそれが顕著に出ていますよね。昔は代表の親善試合は立見席でもチャージを取っていたんだけど、今はとてもじゃないけれど、それでは誰も来てくれない。

 最近は、東京と浦和のアウェイの試合が重なると、もうお客さんが捌ききれないくらいになっていたので、もう1店欲しいかったんですよ。2店あると分けられるからいいかなと。恵比寿店は東京中心なので、大崎店は浦和中心で行きたいと思っています。


Footnik :: British Football Pub

後編に続く

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