テコンドーに見る「代表の形」
黄 慈権
【イギリスという国への敬意】
サッカーの世界において、特権的な地位を持っている国といえば、間違いなく「イギリス」であろう。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドと、4つの代表をワールドカップ予選に出場させており、「サッカー発祥の地」としての影響力は大きい。
こういった傾向は、ラグビーなどでも見られるが、ほとんどがイギリスを中心とした国々への配慮だ。それだけ「最初に作られた協会」や「最も歴史があるという事実」は強い。
ただ、こういう配慮を受けるスポーツが日本にも存在する。それが実は「テコンドー」。日本代表は世界大会に2つのチームを出場させることが可能だ。もちろんここにも、歴史的な経緯がある。
【2つのテコンドー】
さて最初に断っておかなければならないが、ここで言うテコンドーとは、オリンピックで採用された「WTFテコンドー」とは少し違うものだ。ボクシングにWBC、WBAなどの団体があるように、テコンドーも大きく2つの系列団体に分けることができる。一つはオリンピックの種目にもなった「WTFテコンドー」で、もう一つは「ITFテコンドー」である。同じ「テコンドー」という名前だが、もしかしたら、アソシエーション・フットボールとラグビー・フットボールくらいの違いがあるのかもしれない。
「どちらが古いのか?」と言えば、ITFテコンドーだが、そもそもテコンドーの歴史はそれほど長いものではない。テコンドーが誕生したのが1955年4月11日。9ヶ国の承認を得て、ITF(国際テコンドー協会)が生まれたのが1964年だ。順調に普及活動が開始されたITFテコンドーだが、政治的な理由で混乱が生じる。それには、時の韓国大統領、パク・チョンヒの存在が関係している。

テコンドー創始者 チェ・ホンヒ
【韓国大統領を敵に回したITFテコンドー】
1955年にテコンドーを作ったのが、韓国軍の陸軍将校だったチェ・ホンヒ総裁。彼は日本の空手や、韓国のテッキョンなど、様々な武道を研究しただけではなく、東洋哲学、思想などを根本から洗い流し、それらを盛り込んでテコンドーを作った。テコンドーと言えば「韓国」というイメージを持つ人も多いかと思うが、僕の個人的な意見では、テコンドーは韓国という国ではなく、「チェ・ホンヒ個人の考え方」が色濃く表現されていると思っている。「たまたまチェ・ホンヒが生まれたのが韓国だっただけ」という気がするのだ。
少し話がずれたが、このチェ・ホンヒ総裁。カリスマ性では当時の大統領を凌駕するものがあったようだし、それに陸軍時代はパク・チョンヒ大統領の先輩だ。また、当時世界で普及活動をしていた「国際テコンドー師範団」の活躍はすさまじく、テコンドーという競技の国内人気も高まっている。正直大統領のパク・チョンヒにとって、チェ・ホンヒは「疎ましい政敵」であったのだ。
そこでパク・チョンヒはチェ・ホンヒを「国家反逆罪」で陥れようとした。しかし、その動きを知ったチェ・ホンヒはカナダへ亡命。ITFの本部はカナダへと移ってしまう。そこで1973年に韓国に出来た団体がWTF(世界テコンドー連盟)。こうしてテコンドーは二つに分裂する。
【4つの種目を内包するテコンドー】
WTFテコンドーは韓国政府のバックアップもあり、オリンピックの正式種目になるまでになったが、その過程で本来のテコンドーから変化した部分も多い。もっとも簡単な例だと、WTFの組み手にはKO勝利があるが、本来のテコンドーにKOは存在しない。「相手を叩きのめす」という行為は、本来のテコンドーの姿ではないのだ。組み手の試合では、駆け引きの中で相手の隙を見つけ、そこを叩けば良い。必要以上に強く「強打」は、ITFのルールだと反則になる。そもそも「組み手だけがテコンドー」というわけではない。ITFの大会では以下4つの種目が用意されている。
一つは「トゥル」と呼ばれる「型」の完成度を競う種目。フィギュアスケートのような美しさや、気迫のこもった力強さ、技のキレを表現することが必要だ。
また「スペシャルテクニック」という種目もある。「どれだけ高い場所にあるボードを蹴れるのか?」という身体能力を競う種目だ。
それに、「マッソギ」と呼ばれる組み手と、あと「パワーブレイキング」という種目で4つ。「パワーブレイキング」は、「決められたボードを何枚割れるのか?」という単純な力を競う種目だ。
この「パワーブレイキング」があるからこそ、組み手でのKOは必要ない。大会では、この4つの種目の総合判断でMVPが決定されるのだが、重要なのはこのMVPなのであって、組み手の優勝者ではない。もちろん、「足で行なうボクシング」のような「マッソギ」は花形ではあるが、もしテコンドーがマッソギだけなら、世界大会に日本代表が2チームも出せなくなる可能性だってあるのだ。

テコンドーは組み手だけと思われがち
【コンスタントに結果を残す2つの代表】
さて冒頭にも書いたが、ITFテコンドーにおいて日本は2つの代表チームを有している。一つは純粋な「日本代表」。もう一つは在日コリアンで構成される「高麗代表」だ。こう話題を書くと、拒否反応を示す人もいるかもしれないが、もう少し聞いて欲しい。
上に書いたような歴史的な事情から、「韓国代表」を結成することは難しいし、韓国陸軍将校だった「チェ・ホンヒのテコンドー」だけに、北朝鮮にテコンドーが伝わったのは遅かった。また、以前のコラム(http://supportista.jp/column/25)でも書いたが朝鮮籍というのは、北朝鮮の国籍でも韓国の国籍でもないため、どちらの代表にも属せない。そこで在日朝鮮人は日本代表に含まれることになった。当初は純粋な日本人の層が薄かったため、特に問題はなかったが、だんだんと状況が変わってきた。そこで日本からは「日本代表」と「在日代表」が世界大会に参加することになった。
もちろん、この措置は「テコンドーの創始者が韓国人」という尊敬があったからこそ可能になった面もあるが、ただ日本代表、高麗代表がともに連戦連敗では、この制度に疑問の声は必ず出てくる。柔道の改革がフランス主導で行なわれているように、現在ITFテコンドー内では東欧の勢力が強い。
つまり、このような特別な配慮が守られているのも、テコンドーの世界大会で「日本代表」と「在日代表」がメダルを取れればこそ。サッカーの北アイルランド代表とは違い、世界大会で両代表とも結果を残し、2つの日本代表を維持している側面もある。
そこで大事になってくるのが、テコンドーの種目の一つ、トゥル(型)だ。日本代表、在日代表ともに、このトゥルのスキルは世界でもトップクラス。昨年スロベニアで行なわれた世界テコンドー選手権大会でも、日本代表はトゥルで銀メダル2つ。在日コリアンによる高麗代表は金メダル1個と銅メダル1つを取っている。
【トゥル(型)の階級】
普段の道場や大会では、日本も在日コリアンも区別はない。そのため、今年3月に代々木第二体育館で行なわれたに全日本テコンドー選手権大会のトゥル(型)は実にレベルが高かった。
中でも注目すべきはトゥル男子3段の部とトゥル女子2段の部。また説明が必要かもしれないが、テコンドーのトゥルの階級は段位によって分けられる。1段の選手と3段の選手は勝負をしないのだ。そもそも、テコンドーのトゥルは1段で覚える型と、2段で覚える型が違う。2段の選手は1段の型を演じられるが、1段の選手は2段の型を演じてはいけない。
「では、3段の力がありながら、1段のまま段位を上げず、大会に出れば優勝できるのでは?」
そうかも知れないが、この考えはテコンドーの哲学から外れるので、そもそも大会に参加する資格はない。それにテコンドーの目的は大会で優勝することではなく、自分を高めることだ。その証拠に、師範になった人間は基本的に大会には出場しない。テコンドーの師範にまでなった人間には、優勝とか、準優勝とかあまり関係がないのだ。
【注目の階級、トゥル(型)女子2段】
さて、女子で注目すべきは2段のトゥル。ここには、2007年の世界大会で2位に入った峰間照美と、2007年の「ピーターグレートカップ」で準優勝した木村志穂がエントリーしている。2年に1度行われるテコンドー世界大会がワールドカップだとすると、テコンドー強国のロシアを舞台に、東欧・中東諸国などを集めて毎年開催される「ピーターグレートカップ」は、ヨーロッパチャンピオンズリーグのような位置付けだ。この2つの大会で結果を残した両選手が、今年の全日本選手権決勝で戦った。

トゥル女子2段決勝「チュチェ」。左:峰間照美 右:木村志穂
テコンドーには24のトゥルがあるが、2段のトゥルは3つ。「ウィアム」、「チュンジャン」、「チュチェ」である。その他に1段までに習得するトゥルが12個あるが、決勝で自由演技に両者が選んだのは、同じ「チュチェ」という型であった。「チュチェ」は2段の型の中で、最も華やかな型だ。高度な蹴り技を連続で行なうときのバランス感覚。それが見せ場であり、「女子が表現する型」としてはある意味適している。事実、両選手の演技に甲乙はつけがたかった。
そして次は、審判によって指定される規定演技。選ばれた型は「チュンジャン」。倒れこみながらの突きなど、上半身の力強さがポイントとなる。
僕の個人的な意見だが、ここでおそらく決着がついた。組み手ではミドル級の峰間照美と、スーパーマイクロ級の木村志穂では、突きの迫力に小さな差が出たように思えたのだ。審査員の判定も峰間輝美。しかし、本当に少しの差であった。

どっしりとした型「チュンジャン」
ただ、ここにテコンドーの面白さがある。テコンドーのトゥルを見ていると、多くの人が型の優劣を見分けることが出来るのだ。どちらの演技が良かったのか? それを素人に判定させた場合でも、審判の判定とおおよそ違わない。興味がある人は、近くの道場や大会を見に行っても良いのではないだろうか。
(http://www.taekwon-do.co.jp/dojoannai.htm)
【こういう代表の形も有り?】
もう一つの激戦区、男子トゥル3段の部で優勝したのは、2007年世界大会の優勝者、高麗代表の姜昇利(カン・スンリ)ではなく、2004年のピーターグレートカップ優勝者、蘇秉秀(ソ・ピョンス)であった。2006年アジアチャンピオンの日本代表、船水健二は、惜しくも準々決勝で敗退。この階級の層の厚さが垣間見える。

優勝は蘇秉秀(ソ・ピョンス)写真左
もちろん、層が厚いのも在日代表、日本代表がともに切磋琢磨してこそ。2つの代表を持ち、世界大会への道が開けているITFテコンドーの状況は、悪くないと感じている。サッカーや野球などの場合、「働く場所」という意味も大きいので、外国人枠が必要だと思うが、テコンドーはまったくの別世界。
僕はこういう交流が好きだ。上手く言葉で言い表せないが、「きれいごと」がまかり通っている感じがするのだ。政治に翻弄されたITFテコンドーだが、現在は国家から自由になっているように思える。「政治よりもスポーツが上にある」っていうのは、もしかしたら、こういう「代表の形」を言うのではないだろうか?
(黄 慈権)





















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