コラム

モード・ジャズとトータルフットボール ―ジャズとサッカーの関係2―

黄 慈権

【ガンバ大阪 「橋本英郎の言葉」】
「文庫版 オシムの言葉」(木村元彦著)。新たに書き下ろされた第10章「それでも日本サッカーのために」の中に、興味深いコメントがあった。インテリジェンスな選手として名高い、ガンバ大阪、橋本英郎の言葉だ。

―橋本はオシムがジェフ市原(当時)の監督になった2003年にガンバのトップチームでの地位を不動のものとして、初得点をそのジェフから奪っている。

周囲から賞賛され始めた当時のジェフのサッカーについて、「まず動く、それでパスの出しどころが4つくらいできる、ディフェンスするほうからすると出されたら危ない。でも一方で出し手としては選択肢が多すぎて、それでいい選択ができてないんじゃないかと考えたこともある。プレッシャーを受けた時にコースはあるけど、テンポが遅れたりするのも垣間見えた」という。このことからも彼は常に多角的な視点でサッカーを見ていることが分かる。―

選択肢が多くなるということは、同時に高い判断力が要求される。当時のジェフの選手はその判断力がほんの少し足りなかったようである。ただ、「数多くの選択肢から最も効果的なものを瞬時に選ぶ」という作業は、どんなジャンルにおいても難しい。サッカーだけではなく、ジャズの世界でも多くの演奏者が悩まされているものである。その典型的な事例が、コード・ジャズからモード・ジャズへの転換期に起こっている。

【サッカーとジャズの関係性】
以前、サポティスタのコラムで、「サッカーとジャズに似ている部分がある」ということは書いた。

決められた4つ程度の和音、「コード」の中から、最も美しい音を選び、瞬時に演奏する。この作業が、サッカーのプレー中、「ドリブルをするのか?」「パスを選ぶのか?」「シュートを打つのか?」という判断に非常に似ていると僕は感じている。

ジャズにコードがあるのと同様、サッカーでも、やみくもに自分勝手なプレーをするのではなく「ポジション」や「戦術」という「決まり」に、ある程度は従う。クリエイティブなプレイヤーほど「決まり」から逸脱するのは、ジャズもサッカーも一緒だ。中には、新しい「決まり」を作ってしまうジャズ・プレイヤーもいる。その典型的なジャズ・メンが「マイルス・デイビス」だと思う。

マイルス・デイビス。おそらく知っている人も多いと思う、ジャズ界の巨星だ。「クール・ジャズ」という価値観の構築、「エレクトリック・ジャズ」への挑戦など、数々の功績があるが、ただここでは、1950年代後半のモード・ジャズへの転換を説明したい。

【コードの限界からモードへ】
1950年代当時、コード進行を繰り返すジャズは全盛期を向かえ、様々なプレイヤーが独自の世界観を築いていた。ただ、あくまでコードという選択肢の中から音を選んでいるので、その進行やバリエーションにも限りが出てくる。簡単に言ってしまうと、コード進行が面白かった時代は終わりをむかえつつあり、硬直化していた。みんな少しずつ飽きてきたのだ。

そんなとき、マイルス・デイビスが出したのが歴史的な名盤「カインド・オブ・ブルー」である。この中でマイルス・デイビスは新しいジャズ「モード・ジャズ」を完成させた。

では、このモード・ジャズとは何なのだろうか?

それを一言で言い表すのは難しいが、一面的で偏った解説をすると、「コード」という和音の選択肢から「モード」という音階の選択肢を提示した、という説明になる。

日本人に一番分かりやすいのは、「沖縄のモード」ではないだろうか?

「ド・ミ・ファ・ソ・シ・ド・ミ・ソ・ソ・ミ・ド・シ・ソ・ファ・ミ・ド」

このように「レ」と「ラ」の音をはずして演奏すると、誰でも「沖縄っぽい」メロディが作れる。

もちろん、マイルス・デイビスは沖縄の音楽からヒントを受けたわけではない。黒人であるマイルス・デイビスが興味を持ったのは、自らのルーツであるアフリカの民族音楽だ。実は世界各地に、このような独特な旋律、音階というものは存在している。

【求められた選美眼】
さて、「カインド・オブ・ブルー」の一曲目、「ソー・ホワット」のモードである。ここでは、Dドリアン・モードというものが使われている。

「レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ」というモードであり、この広い選択肢の中から、プレイヤーは瞬時に美しい音を選ばなければならない。

そこで求められるのが、プレイヤーの選美眼である。演奏するプレイヤーの力量が今までよりも重要になってくるのだ。

マイルス・デイビスが選んだ「カインド・オブ・ブルー」のプレイヤーは、トランペットにマイルス・デイビス、テナー・サックスにジョン・コルトレーン、アルト・サックスがキャノンボール・アダレイ、ベースがポール・チェンバースで、ドラムがジミー・コブ、そしてピアノはビル・エバンス…

サッカーで言うと、ミケルスに率いられた1974年のオランダ代表や、クライフが指揮した1992年のバルセロナのような「ドリーム・チーム」だったのだ。

【モード・ジャズとトータルフットボール】
では、「このモード・ジャズがその後、コードに取って代わったか?」というとそうでもない。冒頭、橋本英郎が言ったように、あまりにも広い選択肢があると、逆に判断力が伴わず、不便な場合が出てくるのだ。

サッカーの世界でも、1970年代にトータルフットボールが具現化されたが、その後「ポジションという概念がなくなったか?」というとそうでもない。

サイドバックにトータルフットボールの概念が追加され、ウィングバックなどの新しいポジションが出てきた。

一流のプレイヤーであれば、「全て自由に」という指示でも、クリエイティビティが発揮できるが、普通のプレイヤーはそうは行かない。

日本代表で言うと、トルシエが指揮していたときのような「コード」に縛られたサッカーで、上手くいく場合もある。ジーコの場合は、本人が天才だったため、監督から見ると「判断力」や「選美眼」に乏しい面が多々見えてくるのであろう。そこの指導スキルがまだ足りなかったように思える。

そしてイビチャ・オシムだ。オシムが名監督である理由は、まず広い選択肢を持つために、ベースとなる体力、持久力を付け、それと同時に「正しい判断」をチーム全体で行なえるようにしているからだと思う。

ただ、こういう「モードの方法論」や「選美眼」は文字にすること、説明することが難しい。「何が正しいのか?」「何が美しいのか?」 それらの判断は、個々人が状況に合わせて行なうしかない。

何しろ、かのドストエフスキーでさえこう言っているのだ。

「美−それは実に恐ろしいものだ。それが恐ろしいのは、それを規定することができないからである」

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